スタート:田辺小橋(夷川・鴨川との合流点)
ゴール:三栖閘門(伏見港公園)
距離:12.98km(GPS。三条大橋あたりの往復100mを含む)
タイム:1時間48分07秒
走った日:2026年9月26日(土)
琵琶湖疏水シリーズ第3回(第1・2回は琵琶湖→鴨川)
琵琶湖の水は、鴨川に流れ込んだあと、どこへ行くのか。答えは「鴨川の東側を南へ流れて、伏見で宇治川に出る」です。その水路が鴨川運河。前回ゴールした夷川から、伏見港の三栖閘門まで走ってきました。
- 鴨川運河は何キロ? 琵琶湖疏水は全部で何キロ?
- スタートは田辺小橋|前回のゴールから
- 三条大橋の手前で、疏水は地下へ
- 団栗橋の先で、一度だけ地上に顔を出す
- 塩小路橋で、川幅を広げて地上に出る
- 塩小路橋〜一の橋|道が狭く、行き止まりもある
- 二の橋から、東福寺駅の横の遊歩道へ
- 御所の橋・中央橋・三の橋|赤煉瓦の水門
- 高松橋の広場|橋の一覧・岸和田煉瓦・施設群のモニュメント
- 横縄橋の先で左岸の道が途切れる|ここから右岸へ
- 稲荷橋|伏見稲荷の参道の鳥居と、トイレ・自販機
- ススハキ橋・深草橋|龍谷大前深草駅のすぐ横
- 🔑 野田橋の「六芒星」は、京都市の印
- 🔑 師団橋|五芒星は、この橋だけ
- きとろ橋・堀田橋・極楽橋|「御大典記念」の石柱
- 下極楽橋・藤の森橋・北新橋|ここにも六芒星
- 墨染橋・出雲橋|墨染発電所
- 伏見インクライン跡|落差15mの坂の名残
- 国道24号から先は、水路沿いを進めない|近鉄伏見駅を大回り
- 東住吉橋から鋳物屋橋へ|鴨川運河の終点
- 濠川|秀吉がつくった伏見城の外堀
- 大手橋|坂本龍馬が逃げ込んだ材木小屋の跡
- 伏見であい橋|濠川と宇治川派流、角倉了以の碑
- 伏見港公園|ゴールの三栖閘門へ
- 三栖閘門|琵琶湖の水と舟が、宇治川へ出ていく場所
- 区間タイム全記録
- まとめ|鴨川運河を走るときに知っておきたいこと
- 関連記事
鴨川運河は何キロ? 琵琶湖疏水は全部で何キロ?
- 鴨川運河は公式には約8.9km。走った道では、夷川(田辺小橋)から終点の鋳物屋橋まで約9.7kmでした。水路はまっすぐでも、横の道は回り込むので長くなります
- ゴールの三栖閘門には「そすいさんぽ 琵琶湖から25.1km」の看板。琵琶湖から伏見港まで、疏水の道は25.1kmです
- 第1・2回(13.25km)と今回(12.98km)を足すと、GPSで26.23km
- 全部を水路沿いに走ることはできません。地下を流れる区間、道が途切れる区間があります(下で詳しく)
| 区間 | 距離 | タイム | ペース |
|---|---|---|---|
| ① 地下区間(田辺小橋 → 塩小路橋) | 3.43km (往復100mを引くと約3.33km) |
25分15秒 | 7分22秒/km |
| ② 鴨川運河(塩小路橋 → 鋳物屋橋) | 6.34km | 52分12秒 | 8分14秒/km |
| ③ 濠川・宇治川派流(鋳物屋橋 → 三栖閘門) | 3.21km | 30分40秒 | 9分33秒/km |
| 合計 | 12.98km | 1時間48分07秒 |
スタートは田辺小橋|前回のゴールから
スタートは田辺小橋。前回、琵琶湖から走ってきてゴールした場所です。蹴上から来た疏水は、ここで鴨川に合流します。そして鴨川運河は、ここから始まります。



すぐ前の川端通沿いに疏水が流れています。疏水沿いの川端通を南へ進みます。



三条大橋の手前で、疏水は地下へ



二条大橋を越え、御池通を越えて、三条大橋の手前で疏水が地下に潜ります。ここから水路は川端通の下を流れていて、上からは見えません。京阪電車を地下にしたときに、水路も地下に入りました。

団栗橋の先で、一度だけ地上に顔を出す
三条大橋、四条大橋を、疏水を見ないまま越えます。


そして団栗橋を越えたところで、川端通の左側から疏水が地上に上がってきます。宮川町歌舞練場の前を通ります。まだ細い川ですが、ちゃんと残っています。





ところが少し進むと、また地下に潜ってしまいました。


塩小路橋で、川幅を広げて地上に出る
五条大橋、七条大橋を越えて、塩小路橋で疏水がまた地上に出てきます。今度はかなり川幅が広くなっての登場です。





三十三間堂から京都駅へ帰る途中に見つけた水路が、まさにここでした。ここから南は、疏水沿いを走ります。
塩小路橋〜一の橋|道が狭く、行き止まりもある




まず一の橋が出てきました。かなり古い石の橋です。

一の橋の先は道が続いておらず、橋を渡って車道に降ります。ここは歩道がなく、白線だけなので注意が必要です。


二の橋から、東福寺駅の横の遊歩道へ
二の橋を左に曲がると京阪の東福寺駅です。その橋で、左側の疏水沿いの遊歩道に入りました。








御所の橋・中央橋・三の橋|赤煉瓦の水門
御所の橋、中央橋を越えて、松風橋、三の橋。三の橋も古い石の橋です。







その先に、鴨川に水を流す水門があります。赤い煉瓦が使われています。



高松橋の広場|橋の一覧・岸和田煉瓦・施設群のモニュメント
上高松橋を越えて高松橋へ。ここには小さな広場があり、見どころが集まっています。





- 高松橋の親柱。高松橋は大正11年(1922年)にできて、平成26年(2014年)に解体されました。元の橋の柱が飾られています
- 塩小路橋から出雲橋までの橋の名前の紹介看板
- 岸和田煉瓦。大阪の岸和田で明治5年(1872年)に始まった煉瓦会社の煉瓦で、琵琶湖疏水の一部に使われています
- 「琵琶湖疏水鴨川運河施設群」のモニュメント。鴨川運河の橋や水門は、2019年に土木学会選奨土木遺産に選ばれています




横縄橋の先で左岸の道が途切れる|ここから右岸へ









稲荷橋|伏見稲荷の参道の鳥居と、トイレ・自販機
朱色の稲荷橋からは、伏見稲荷大社の参道の鳥居が見えます。ここにトイレと自販機があり、休憩もできます。




ススハキ橋・深草橋|龍谷大前深草駅のすぐ横
ススハキ橋、深草橋を越えます。深草橋のすぐ横は京阪の龍谷大前深草駅なので、ここから電車にも乗れます。






🔑 野田橋の「六芒星」は、京都市の印
砂川橋、綿森橋、町通橋を越えて野田橋へ。橋の中央に星の形がくっきり見えました。六つの角の星=六芒星です。









調べてみると、この六芒星はかつての「京都市水利事務所」の徽章でした。疏水を管理していた京都市の役所の印です。鴨川運河の30ほどの橋のうち、6か所に六芒星があるそうです。
🔑 師団橋|五芒星は、この橋だけ
次の師団橋。ここは話が違います。


深草は、明治の終わりに陸軍の第十六師団が置かれた「軍都」でした。師団の施設をつなぐ師団街道・第一〜第三軍道が造られ、師団橋は第二軍道が鴨川運河を渡る橋です。
- 明治41年(1908年)3月、陸軍の直轄工事として工兵第十六大隊が架けた橋で、鴨川運河にかかる橋でいちばん古いとされています
- その先は師団司令部(今の聖母女学院本館)
- 橋には旧陸軍の印の五芒星(五つの角の星)が残っています。鴨川運河の橋で五芒星があるのは、師団橋ただ1つ
- 今の師団橋は昭和49年(1974年)の架け替えで、西詰に昔の親柱が残されています
六芒星は京都市、五芒星は陸軍。同じ星でも、意味がまったく違いました。
師団橋から先は、桜並木の道になります。春はきれいだと思います。

きとろ橋・堀田橋・極楽橋|「御大典記念」の石柱
きとろ橋、堀田橋。堀田橋の横は京阪の藤森駅です。





次の極楽橋には、「御大典記念」という石柱がありました。



「御大典」は、天皇が即位する儀式のことです。京都で行われたのは大正4年(大正天皇)と昭和3年(昭和天皇)の2回。石柱には「昭和三年十一月」と刻まれていました。昭和天皇の即位(昭和3年・1928年11月)を記念した石柱です。側面には「御陵」の文字も見え、天皇陵への道しるべを兼ねていたようです。
下極楽橋・藤の森橋・北新橋|ここにも六芒星
下極楽橋、中郷橋、藤の森橋、高田橋を進み、北新橋でも六芒星がくっきり見えました。














墨染橋・出雲橋|墨染発電所
墨染橋があって、出雲橋の手前には出雲橋の親柱が飾られていました。出雲橋からは墨染発電所がよく見えます。









伏見インクライン跡|落差15mの坂の名残
住宅街に一度出て、疏水事務所の伏見分署の入口があります。その向かいが伏見インクライン跡です。


鴨川運河と濠川の間には15mの高低差があり、舟を台車に載せて上げ下げする伏見インクラインが明治28年(1895年)にできました。昭和18年(1943年)に止まり、昭和34年(1959年)に廃止。跡地は国道24号になっています。
今は跡形もありませんが、不自然に車道が2本走っていて、細い道が不自然な坂道になっています。これがインクラインの名残です。


国道24号から先は、水路沿いを進めない|近鉄伏見駅を大回り
国道24号のあけぼの橋から疏水は先へ進みますが、その時点では疏水沿いを進めません。大回りします。








東住吉橋から鋳物屋橋へ|鴨川運河の終点
津知橋から先は川沿いを走れます。東住吉橋を越えると水門があります。



ところがここから先は住宅街に入り、川沿いを進めません。横の道で川を探しながら進みます。


常盤橋(Wikipediaの一覧では「常磐橋」)で川沿いを進める道ができましたが、舗装されていない道で、草もぼうぼうでした。




そして鋳物屋橋(いものやばし)。ここが鴨川運河の終点です。鋳物屋橋のあたりから下流は「濠川」になります。この辺りの町名が、伏見区堀詰町です。



濠川|秀吉がつくった伏見城の外堀
ここから先の濠川は疏水ではありません。豊臣秀吉が伏見城を築いたときに外堀として掘った川で、明治に疏水とつながりました。伏見城の堀だったので、曲がりくねっています。
鋳物屋橋の次の丹波橋では、石碑に「旧堀川」と書かれていました。その次の橋からは「濠川」の表記です。




川の近くの住宅街の道を探りながら、桝形橋、下板橋、土橋、聚楽橋、毛利橋と越えていきます。








大手橋|坂本龍馬が逃げ込んだ材木小屋の跡
大手橋の西詰の北側に、「坂本龍馬避難の材木小屋跡」の石碑があります。





慶応2年1月24日(1866年)の未明、寺田屋にいた龍馬は伏見奉行所の役人に囲まれました。お龍の機転で脱出し、長州藩士の三吉慎蔵と濠川そばの材木小屋に隠れます。それを聞いた薩摩藩が川船を出して龍馬を救い出しました。この濠川は、龍馬が助け出された川でもあります。
伏見と龍馬の話は、京都駅から御香宮神社まで走った記事でも書いています。
伏見であい橋|濠川と宇治川派流、角倉了以の碑
住宅街を走り、あわ橋、角倉橋を渡ると、伏見であい橋のある公園に着きます。ここで濠川と宇治川派流が出会います。であい橋はY字の形をした珍しい橋です。



広場には角倉了以水利紀功碑と、伏見港の水路の変遷の看板があります。


角倉了以は、京都と伏見を結ぶ高瀬川を掘った人です(慶長19年・1614年ごろ)。その前には保津川(大堰川)も開いています。琵琶湖疏水より約270年前の、京都の「水の道」をつくった人です。




伏見港公園|ゴールの三栖閘門へ
ここからは川沿いを走れます。肥後橋を渡ると、いよいよ伏見港。伏見みなと橋から伏見港公園を抜けると、三栖閘門です。









三栖閘門|琵琶湖の水と舟が、宇治川へ出ていく場所





三栖閘門は昭和4年(1929年)にできた水門です。濠川と宇治川の約4.5mの水位差を上げ下げして、舟を通しました。疏水の舟は、ここから宇治川・淀川を下って大阪へ出ていきました。
琵琶湖疏水は、そもそも「大津から大阪まで舟を通す」ために造られた水路です。琵琶湖から始まった疏水の旅は、ここで宇治川に出ていきます。







そして「そすいさんぽ 琵琶湖から25.1km」の看板。琵琶湖から25.1km、疏水の道の最後の看板です。


三栖閘門資料館の中と、公園のテニスコートの横にトイレがあります。



帰りは京阪の中書島駅が近いです。
区間タイム全記録
通過した地点ごとの記録です。記録のない橋(三の橋・相深橋・横縄橋・出雲橋・丹波橋・土橋・聚楽橋)は表から外しています。
| 地点 | 通算距離 | 通算タイム |
|---|---|---|
| 田辺小橋(スタート) | 0km | 0分00秒 |
| 二条大橋 | 0.20km | 1分49秒 |
| そすいさんぽ13km | 0.43km | 3分32秒 |
| 三条大橋 | 0.91km | 7分13秒 |
| 四条大橋 | 1.50km | 11分09秒 |
| 五条大橋 | 2.51km | 19分03秒 |
| そすいさんぽ15km | 2.62km | 19分49秒 |
| 七条大橋 | 3.16km | 23分26秒 |
| 塩小路橋(地上に出る) | 3.43km | 25分15秒 |
| 一の橋 | 3.73km | 27分37秒 |
| 二の橋 | 4.12km | 30分26秒 |
| 御所の橋 | 4.32km | 32分02秒 |
| そすいさんぽ17km | 4.40km | 32分53秒 |
| 中央橋 | 4.54km | 33分57秒 |
| 松風橋 | 4.70km | 35分20秒 |
| 上高松橋 | 4.94km | 37分30秒 |
| 高松橋 | 5.11km | 39分14秒 |
| そすいさんぽ18km | 5.39km | 42分18秒 |
| 稲荷橋 | 5.76km | 45分07秒 |
| ススハキ橋 | 6.06km | 46分53秒 |
| 深草橋 | 6.20km | 47分48秒 |
| 砂川橋 | 6.39km | 49分35秒 |
| 綿森橋 | 6.43km | 50分00秒 |
| 町通橋 | 6.53km | 50分43秒 |
| 野田橋(六芒星) | 6.63km | 51分26秒 |
| 師団橋(五芒星) | 6.72km | 52分07秒 |
| きとろ橋 | 6.89km | 53分16秒 |
| 堀田橋 | 7.00km | 53分59秒 |
| 極楽橋 | 7.08km | 54分33秒 |
| 下極楽橋 | 7.16km | 55分12秒 |
| 中郷橋 | 7.25km | 55分56秒 |
| 藤の森橋 | 7.50km | 57分30秒 |
| 高田橋 | 7.76km | 59分25秒 |
| 北新橋(六芒星) | 7.83km | 1時間00分01秒 |
| 墨染橋 | 7.97km | 1時間01分03秒 |
| 伏見インクライン跡 | 8.50km | 1時間05分39秒 |
| あけぼの橋(国道24号) | 8.67km | 1時間07分49秒 |
| 津知橋 | 9.30km | 1時間13分12秒 |
| 東住吉橋 | 9.34km | 1時間13分34秒 |
| 水門 | 9.39km | 1時間14分01秒 |
| 上板橋 | 9.55km | 1時間15分14秒 |
| 常盤橋 | 9.67km | 1時間16分16秒 |
| 鋳物屋橋(鴨川運河の終点) | 9.77km | 1時間17分27秒 |
| 桝形橋 | 10.31km | 1時間21分33秒 |
| 下板橋 | 10.55km | 1時間24分47秒 |
| 毛利橋 | 11.28km | 1時間31分05秒 |
| 大手橋(龍馬の碑) | 11.58km | 1時間33分20秒 |
| そすいさんぽ24km | 11.63km | 1時間33分48秒 |
| あわ橋 | 11.77km | 1時間34分52秒 |
| 角倉橋 | 11.86km | 1時間35分45秒 |
| 伏見であい橋 | 12.01km | 1時間37分52秒 |
| 肥後橋 | 12.41km | 1時間41分38秒 |
| 伏見みなと橋 | 12.69km | 1時間44分28秒 |
| 三栖閘門(ゴール) | 12.98km | 1時間48分07秒 |
そすいさんぽの看板とGPS
| 看板(琵琶湖から) | 今回のGPS |
|---|---|
| 13km | 0.43km |
| 15km | 2.62km |
| 17km | 4.40km |
| 18km | 5.39km |
| 24km | 11.63km |
| 25.1km(三栖閘門) | 12.98km |
13km看板から24km看板まで、GPSでは11.20km。看板の距離はかなり正確です。
まとめ|鴨川運河を走るときに知っておきたいこと
- 鴨川運河は公式8.9km。走る道では夷川から鋳物屋橋まで約9.7km、三栖閘門まで約13km
- 三条大橋の手前〜塩小路橋は地下。団栗橋の先、宮川町歌舞練場の前で一度だけ地上に出る
- 塩小路橋から南は地上。ただし道が狭く、草が多く、行き止まりもある
- 横縄橋の先は右岸へ。あけぼの橋(国道24号)〜津知橋は大回り。東住吉橋の水門の先も水路沿いを進めない
- 六芒星は京都市(旧水利事務所)の印、五芒星は陸軍の印で師団橋だけ
- トイレ:稲荷橋・三栖閘門資料館・伏見港公園
- 途中で帰るなら:京阪 東福寺・龍谷大前深草・藤森が水路のすぐそば。ゴールからは中書島
- 琵琶湖から三栖閘門まで、疏水の道は25.1km
琵琶湖疏水は、残り疏水分線(蹴上から哲学の道を通って松ヶ崎へ)を走れば全区間になります。紅葉の季節に走る予定です。




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琵琶湖疏水記念館(京都市上下水道局)

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